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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)205号 判決

静岡県浜松市中沢町10番1号

原告

ヤマハ株式会社

同代表者代表取締役

上島清介

同訴訟代理人弁理士

飯塚義仁

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

小松正

岡部恵行

奥村寿一

関口博

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第5689号事件について平成4年7月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「楽音波形発生装置」と題する発明(以下、特許請求の範囲記載の発明を「本願発明」という。)について、昭和58年3月16日、特許出願をした(昭和58年特許願第42409号)ところ、平成元年1月19日、出願公告された(平成1年出願公告第2958号)が、特許異議の申立てがあり、平成2年11月29日、拒絶査定を受けたので、平成2年3月27日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成3年審判第5689号事件として審理した結果、平成4年7月29日、上記請求は成り立たないとする審決をし、その審決書謄本を平成4年9月7日、原告に送達した。

2  特許請求の範囲の記載

「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなり、これらの各音域に対応する記憶領域が同一メモリ内にて順次連続的に設定されている波形メモリと、

前記立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、前記一部の波形の先頭位置を示すデータ及び前記一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれ各音域に対応して記憶した記憶手段を有し、発生すべき楽音の音域を示す情報に従って該記憶手段の記憶データを読み出し、読み出したデータによって前記波形メモリから読み出すべき波形データの記憶領域を指定する指定手段と、

この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データのうち上記立上り部の全波形に関する波形データを一回読み出した後、上記一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す制御を行うものであり、その読み出し速度を上記発生すべき楽音の音高の上記音域内の相対的音高に応じて可変する読み出し制御手段と

を具える楽音波形発生装置」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  本出願前に刊行された次の各刊行物には、以下の各記載がある。

〈1〉 昭和54年特許出願公開第66824号公報(以下「引用例1」といい、引用例1記載の発明を「引用発明1」という。別紙図面2参照)には、要するに、以下の記載がある。すなわち、

音域毎に異なる波形をそれぞれ異なるサンプル数(N、1/2N、1/4Nに相当する数)で表現した波形データを記憶手段に用意しておき、押下鍵の属する音域に従って選択された波形データを押下鍵の音名に従ったサンプル点変化レートで読み出すことにより、自然音に近い楽音を少ないメモリ容量(2N以下)で発生させるようにした次の(a)のとおりの発明が記載されている。

(a)「楽音の1周期波形を表わす波形データを、それぞれ音域(第1、第2、第3オクターブ)に応じて異なる記憶容量(64、32、16アドレス分、即ち、最低オクターブのメモリサイズをNとすると、N、1/2N、1/4N分の容量)で各音域に対応する記憶領域(波形メモリ15、16、17の全記憶領域)に記憶してなり、これらの各音域に対応する記憶領域が複数の波形メモリ(15、16、17)にそれぞれ設定されている波形記憶手段(15~17)と、

発生すべき楽音の音域(押下鍵の属する音域)を示す情報(オクターブ情報OC1、OC2、OC3)に従って前記波形記憶手段から読み出すべき波形データの記憶領域を指定する指定手段(波形メモリ選択回路14)と、

この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データを繰り返し読み出す制御を行うものであり、その読み出し速度〔アドレス信号qFの数値変化レート(これは、一定時間当たりに読み出される波形データの周期数を決定しており、波形データに対して、「読み出し速度」ということができる。)〕を上記発生すべき楽音の上記音域内の相対的音高〔音名情報NTi(i=1、2、・・・12)が示す音名〕に応じて可変する読み出し制御手段(鍵盤回路11、並びに、周波数メモリ12及び累算器13からなるアドレスジェネレータ)と、を具える電子楽器」。

〈2〉 昭和55年特許出願公開第28072号公報(以下「引用例2」といい、引用例2記載の発明を「引用発明2」という。別紙図面3参照)には、要するに、以下の記載がある。

音の出始めからかなり多数の周期にわたって連続する楽音波形を予めメモリに記憶し、これを時間経過に伴って順次読み出すと共にその最終波形(最終の1周期ないし複数周期の波形)を読み出すことにより、波形形状が時間的に複雑に変化する自然楽器の楽音を精巧に模倣することができ、押鍵時間の長短のバラツキにも対処することができる次の(b)のとおりの発明が記載されている。(b)「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形〔音の出始めからかなり多数の周期(例えば、32周期)にわたる楽音波形のうち最終の1周期ないし複数周期の波形を除く波形で、当然、音の出始めにはアタックエンベローブが加味される。〕及び該立上り部以降の一部の波形(前記最終の1周期ないし複数周期の波形)を表わす波形データを記憶領域〔アドレスA16・・A13A12、A11・・・A5の“0・・00、0・・・0”(全波形のスタート位置)~“1・・11、1・・・1”(一部の波形の終了位置)〕に記憶してなり、この記憶領域が同一メモリ内に設定されている波形メモリ(連続楽音波形メモリ20)と、

前記一部の波形を表わす波形データが記憶されている記憶領域〔例えば「一部の波形」が最終の1周期の波形である場合、アドレス“1・・11、0・・・0”(一部の波形の先頭位置)~“1・・11、1・・・1”(前記終了位置)〕を設定する手段(最終波形ホールド回路34)を有し、

記憶されている波形データのうち上記立上り部の全波形に関する波形データ(前例の場合、アドレス“0・・00、0・・・0”~“1・・10:1・・・1”に記憶されている楽音波形)を一回読み出した後、前記設定に従って、上記一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す制御を行うものであり、その読み出し速度を上記発生すべき楽音の音高に応じて可変する読み出し制御手段(発音割当て回路11、ラッチ回路14、ラッチ回路15・重畳分周信号発生部13・ノートセレクト回路18、オクターブセレクト及びアドレス発生回路19、及び、最終波形ホールド回路34)と

を具える電子楽器」。

〈3〉 米国特許第3,763,305号明細書(以下「引用例3」といい、引用例3記載の発明を「引用発明3」という。別紙図面4参照)には、要するに、以下の記載がある。

同一メモリ内に順次連続的に設定された記憶領域(コードAs・・・A5指定領域)にそれぞれリズムパターンデータを記憶したリズムパターンメモリ(4)から、発生すべきリズムパターン情報(S1~S16)に従って指定された記憶領域のリズムパターンデータを可変の読み出し速度(コードA4・・・A1順次指定速度)で読み出すようにした自動リズム演奏装置」(第1図参照)が記載されている。

(3)  本願発明と引用発明1を対比すると、両者は、共に、「楽音の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなる波形記憶手段と、

発生すべき楽音の音域を示す情報に従って前記波形記憶手段から読み出すべき波形データの記憶領域を指定する指定手段と、

この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データを読み出す制御を行うものであり、その読み出し速度を上記発生すべき楽音の音高の上記音域内の相対的音高に応じて可変する読み出し制御手段と

を具える楽音波形発生装置」である点で一致する。

しかし、両発明は、以下の〈1〉ないし〈3〉の各点で相違する。

〈1〉波形記憶手段の各記憶領域に記憶される「波形データ」、及び、読み出し制御手段の「波形データを読み出す制御」について、本願発明が、それぞれ、楽音の「立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形」を表わす波形データ、及び、「波形データのうち上記立上り部の全波形に関する波形データを一回読み出した後、上記一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す」制御と規定しているのに対し、引用発明1が、それぞれ、楽音の「1周期波形」を表わす波形データ、及び、単に「波形データを繰り返し読み出す」制御である点、

〈2〉波形記憶手段について、本願発明が、「これらの各音域に対応する記憶領域が同一メモリ内にて順次連続的に設定されている波形メモリ」と規定されているのに対し、引用発明1が、「これらの各音域に対応する記憶領域が複数の波形メモリにそれぞれ設定されている」波形記憶手段である点、

〈3〉指定手段に関し、本願発明が「前記立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、前記一部の波形の先頭位置を示すデータ及び前記一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれ各音域に対応して記憶した記憶手段」を有すると規定するとともに、動作について、先ず、発生すべき楽音の音域を示す情報に従って「該記憶手段の記憶データを読み出し」た後、次に「読み出したデータによって」前記「波形メモリ」から読み出すべき記憶領域を指定すると規定しているのに対し、引用発明1がこのような「記憶手段」を有さず、したがって、このような記憶データ読み出しを介した動作を呈するものではない点、でそれぞれ相違する。

(4)  相違点1についてみると、引用例2には、多周期にわたる楽音波形データの記憶とこの楽音波形データの繰り返し読み出しにより楽音模倣効果を上げるようにした前記(b)の発明が記載されているから、引用発明1において更に自然音に近い楽音を得るために、音域に対応する各波形データに対して引用発明2の記憶及び読み出しに関する技術的思想を適用し、

波形記憶手段の各音域対応記憶領域に記憶する波形データとして、楽音の「1周期波形」を表わすものに代えて、楽音の「立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形」を表わすものに用い、これに応じて、

読み出し制御手段において指定の記憶領域に記憶されている波形データを読み出す制御を、「該波形データを繰り返し読み出す」制御から、「該波形データのうち上記立上り部の全波形に関する波形データを一回読み出した後、上記一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す」に変更することは、極く容易に採用し得た事項である

相違点2についてみると、一般に、データ記憶手段として複数のメモリを用いるか同一メモリを用いるかは、記憶を要するデータの量と供給し得るメモリの記憶容量の関係に応じて適宜選択し得る事項であり〔波形データ記憶手段につき必要ならば、例えば、昭和54年特許出願公開第161313号公報(第2図RAMと第17図ram1~3ram128)参照〕、同種データの記憶領域を同一メモリ内に設定する場合、通常、記憶領域が順次連続的に設定される〔例えば、引用例3参照、波形メモリに関して必要ならば、昭和52年特許出願公開第45322号公報(第7図M)、昭和56年特許出願公開第117290号公報(第3図)参照〕から、引用発明1において、波形記憶手段について、このような同一メモリ構成を採用し、これらの各音域に対応する記憶領域が「複数の波形メモリにそれぞれ」設定されている「波形記憶手段」を、これらの各音域に対応する記憶領域が「同一メモリ内にて順次連続的に」設定されている「波形メモリ」に改変することは、記憶すべき波形データの総量と供給し得るメモリの記憶容量等の関係から必要に応じて任意に採用し得た事項に過ぎない。

相違点3についてみると、同一メモリ内に設定された多数の記憶領域にデータが種々の記憶容量でそれぞれ記憶されている場合、このメモリから読み出すべきデータの記憶領域を指定するのに、この記憶領域の指定に必要なデータを記憶した記憶手段を利用することは、一般的な常套手段であって、波形データを記憶する波形メモリにおいても例外ではない〔必要ならば、例えば、昭和56年特許出願公開第35192号公報(第1、12図8)、昭和56年特許出願公開第117290号公報(第1図21・23、第7図31・33)参照)。

一方、メモリから読み出すべきデータの記憶領域は、該データのスタート位置と終了位置によって定義されるから、引用発明2のような一回読み出される「全波形」とその後繰り返し読み出される「一部の波形」が連続する波形データを、同一メモリ内の一部の記憶領域に記憶する場合には、メモリから読み出されるべき波形データの記憶領域を指定するには、全体の波形データのスタート位置と終了位置に加えて繰り返し読み出されるべき「一部の波形」のスタート位置が(或いは、これら3位置と等価な量が)必要であることは明らかである。

したがって、前記技術的思想の適用及び同一メモリ構成の採用(各手段の前記変更及び改変)に当って、指定手段を、「前記立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、前記一部の波形の先頭位置を示すデータ及び前記一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれ各音域に対応して記憶した記憶手段を有し、発生すべき楽音の音域を示す情報に従って該記憶手段の記憶データを読み出し、読み出したデータによつて」前記「波形メモリ」から読み出すべき波形データの記憶領域を指定するものにすることは、必要に応じて極く容易に採用し得たところである。

したがって、相違点1ないし3はいずれも当業者が容易に想到し得たものといわざるを得ない。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は引用発明1、2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)の「波形メモリ」に関する認定部分は争うが、その余は認める。同(2)のうち、引用例3については認めるが、その余は争う。同(3)のうち、各相違点が存在することは認めるが、その余は争う。同(4)のうち、相違点3に関して、同一メモリ内に設定された多数の記憶領域にデータが種々の記憶容量でそれぞれ記憶されている場合、このメモリから読み出すべきデータの記憶領域を指定するのに、この記憶領域の指定に必要なデータを記憶した記憶手段を利用することは、一般的な常套手段であって、波形データを記憶する波形メモリにおいても例外ではないことは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、本願発明及び引用発明1の技術的理解を誤った結果、一致点を誤認して相違点を看過し、また、各相違点についての判断を誤り、さらに本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  一致点の誤認(取消事由1)

審決は、本願発明と引用発明1は、共に、「楽音の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなる波形記憶手段」及び「波形データの記憶領域を指定する指定手段」を有する点において一致すると認定したが、この認定は誤りである。

本願発明の「波形データ」は、特許請求の範囲で「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなり」と定義されている。この「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形」とは、「楽音の立上り時間全部の波形」のことであるから、各音域毎にその複数周期数が不均一、かつ、任意な高品質なものであることを意味する。そして、本願発明の指定手段は、「前記立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、前記一部の波形の先頭位置を示すデータ及び前記一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれ各音域に対応して記憶した記憶手段を有し」と定義されているように、前記波形データの記憶位置を特定するための3種類の記憶位置指示データを有し、これにより、波形メモリにおいて各音域に対応する記憶領域が全く任意に設定されていたとしても、また、その音域における立上り部及び一部(繰り返し読出用)の波形の記憶範囲が全く任意に設定されていたとしても、発生すべき楽音の音域に応じて、どの記憶位置から立上り部及び一部(繰り返し読出用)の波形データをそれぞれ読み出すべきかを適切に指定して読み出すことを保証しているので、「各音域毎に任意の複数周期波形データからなる高品質の波形データが、そのデータ量に対応する異なる記憶容量でそれぞれ記憶される」ということを示唆ないし指示している。

以上のように、本願発明においては、上記の各特徴的構成によって、「各音域毎に任意の複数周期波形データからなる高品質の波形データが、そのデータ量に対応する異なる記憶容量でそれぞれ記憶される」ことが特徴として内在することが読み取れるのである。

これに対して、引用発明1は、「各音域毎の波形メモリ15、16、17に記憶する1周期波形を、標本化定理を満足させるように、オクターブ単位の周波数比に丁度反比例してN、N/2、N/4のように所定の記憶容量で記憶している」ものである。すなわち、引用発明1において、各音域に対応する波形メモリ15、16、17のメモリサイズが異なっている理由は、「各オクターブ別に波形メモリを設けて1周期波形を記憶し、それらを共通のサンプリング周波数fφで読出処理するようにした場合、標本化定理を満足させるようにするには、必然的に、それぞれのメモリサイズをN、N/2、N/4・・・とオクターブ関係に反比例する所定の逓倍関係にせざるを得ない」からそうしているにすぎないのであるし、「各オクターブ音域毎に別々の波形メモリ」を使用することが示されているだけであるから、このような引用発明1を、審決認定のように「音域毎に異なる波形をそれぞれ異なるサンプル数で表現した波形データを記憶手段に用意して」及び「各音域に対応する記憶領域がそれぞれ設定されている波形記憶手段」と認定することは誤りであり、同発明には、「各音域毎に任意に波形データの記憶サンプル数を設定して、各音域毎に不均一、かつ、任意の周期数からなる高品質の波形を記憶する」という技術的思想はない(両発明間の上記の相違を以下、「相違点4」という。)。

したがって、「その波形メモリで発生しようとする特定音域の最高音周波数と一定のサンプリング周波数(fφ)との関係に応じて標本化定理によって必然的に決定されるメモリサイズ」で記憶することしか開示していない引用例1においては、「標本化定理によって決まる1周期波形のメモリサイズとは無関係に、各音域毎に任意の複数周期からなる波形データの記憶領域をそれぞれ任意の異なる記憶容量で設定する」ことを意味している本願発明の上記構成が示されていないことは明らかであるから、審決は一致点の認定を誤り、相違点4を看過したものであることは明らかである。

また、審決は引用発明1は「前記波形記憶手段から読み出すべき波形データの記憶領域を指定する手段」を具備し、上記指定手段の指定に従い「指定された記憶領域に記憶されている波形データを繰り返し読み出す制御を行う」と認定しているが、この点も以下に述べるように誤りである。すなわち、引用発明1では、発生すべき楽音の音域を示すオクターブ情報OC1、OC2、OC3に応じて、波形メモリ選択回路14が出力端子B1ないしB3のいずれか1つに論理値1を生じ、これによって別々の波形メモリ15、16、17の内の1つを選択することが示されているだけである。これを敢えて前記のように「前記波形記憶手段から読み出すべき波形データの記憶領域を指定する手段」と読み替えねばならない必然性はないし、また、波形メモリ選択回路14によって別々の波形メモリ15、16、17のうちの1つを選択し、選択された波形メモリに全アドレスに記憶された1周期波形データを機械的に(特定のアドレス間のみから読み出す工夫をすることなく)繰り返し読み出す制御を行うことが示されているのであり、1つのメモリの中の特定の記憶領域を指定して読み出すことは行っていないから、上記の認定は誤りである。

したがって、この点を本願発明と引用発明1の一致点とした審決の認定は誤りである。

以上のとおり、審決には、本願発明と引用発明1の一致点を誤認して重大な意義を有する相違点4等を看過するとともに、これらの相違点に対する判断を遺脱した違法があるというべきである。

(2)  相違点1についての判断の誤り(取消事由2)

相違点1は、「波形データ」が「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部波形を表わす波形データ」か(本願発明)、それとも一周期波形か(引用発明1)の相違に係るものであるところ、本願発明が採用した上記のような波形データを採用して記憶すること自体が特段の新規性を有するものでないことは、本願明細書においても認めているところの前提技術であるにすぎない。

しかしながら、既に述べたように、本願発明は、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」を「それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶する」ことを特徴とするとともに「各音域に対応する記憶領域が同一メモリ内にて順次連続的に設定されている」ことを特徴としており、これにより「複数周期からなる楽音波形が各音域に応じてそれぞれ固有の特徴を持っている高品質な楽音波形信号」を各音域毎に発生できるようにするとともに「波形メモリの効率的利用を図った」ものであるから、相違点1もあくまでもこれらの本願発明の特徴との関連で判断すべきものである。

そこで、このような観点から相違点1をみると、確かに、1つの楽音波形信号に限ってみれば、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形と該立上り部以降の一部の波形」を記憶し、前者を1回読み出した後、後者を繰り返し読み出す技術それ自体が引用例2に開示されていることは認めるが、そもそも引用例2には、「複数の各音域」に対応して「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形と該立上り部以降の一部の波形」を記憶することについての技術的な開示はないし、引用例1及び同2にはメモリの効率的な利用についても全く開示されていない。

したがって、相違点1についての審決の判断は、既に指摘した本願発明と引用発明1の重大な相違点を看過しまた、他の相違点との関係を無視してなされたものであるから、誤っているものといわざるを得ない。

さらに、審決の引用例2に関する技術的事項の認定には、以下のような誤りがある、すなわち、まず、引用発明2は、単に「1つの連続楽音波形メモリ20内に音の出始めからかなり多数の周期にわたる楽音波形を記憶しているだけ」であるから、審決認定のように「この楽音波形を波形メモリ20の特定の記憶領域に記憶したり、この記憶領域を同一メモリ内に設定する」ことは行っていない。また、引用発明2においては、記憶する波形のスタートアドレスは最小値“0・・・00、0・・・0”であり、終了アドレスは最大値“1・・・11、1・・・1”であるから、1つの連続楽音波形メモリ20の全アドレスにフルに1つの連続楽音波形が記憶されていることが推定できる。したがって、「多数の周期にわたる1つの連続楽音波形が波形メモリ20の全アドレスにフルに記憶されている」とすべきものであって、あたかも波形メモリ20内に他とは区別されるべき特定の記憶領域があるかのような、また、この記憶領域を敢えて同一メモリ内に設定するとした審決の認定は誤りである。さらに、引用発明2の「最終波形ホールド回路34」は、アドレス信号A16・・・A13A12、A11・・・A5のうち周期を示すアドレス信号A16・・・A13A12が最終周期を示す値“1・・11”になったとき、この値をホールドし、アドレス発生回路19から出力されるアドレス信号A16・・・A13A12の値に無関係に最終周期波形の読出しを行うようにするものである。したがって、最終周期を示すアドレス値“1・・11”になったとき、この値をホールドし、これを繰り返し読み出すようにしていることは認めるが、敢えて「記憶領域の設定を行い、この設定に従って読み出しを制御」することは行っていないから、審決の認定は誤りである。

したがって、引用例2の技術的事項についての誤った認定に基づいて、読み出し制御手段について、本願発明の構成を採用することが容易であるとした審決の判断は誤っている。

(3)  相違点2についての判断の誤り(取消事由3)

相違点2に係る本願発明の構成は、「メモリを無駄なく有効利用すること」との本願発明の課題を解決したものであって、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で、記憶する各音域に対応する記憶領域」が「連続的に」設定されることを意味し、これによりメモリの効率的利用という顕著な作用効果を奏するものである。

これに対して、引用発明1においては、メモリサイズがそれぞれ所定値に固定されている複数の波形メモリ15、16、17を示しているにすぎないから、上記の本願発明の構成を示唆するものではないし、また、「同種データの記憶領域を同一メモリ内に設定する場合、通常、記憶領域が順次連続的に設定される」との審決が示した一般論もこれが引用発明1とどの様に結びつくのか明らかではなく、根拠に欠けるといわざるを得ない。

したがって、引用発明1においてその波形記憶手段を相違点1に係る本願発明の構成に改変することは任意に採用し得た事項にすぎない、とした審決の判断は誤りである。

(4)  相違点3についての判断の誤り(取消事由4)

審決は、相違点3についての判断において、「引用発明2のような1回読み出される「全波形」とその後繰り返し読み出される「一部の波形」が連続する波形データを、同一メモリ内の一部の記憶領域に記憶する場合には、メモリから読み出されるべき波形データの記憶領域を指定するには、全体の波形データのスタート位置と終了位置に加えて繰り返し読み出されるべき「一部の波形」のスタート位置が(或いは、これら3位置と等価な量が)必要であることは、明らかである」と判断し、上記相違点に係る本願発明の構成を容易に想到できたとしている。

しかしながら、引用発明2は「多数の周期にわたる1つの連続楽音波形が波形メモリ20の全アドレスにフルに記憶されている」もので、同一メモリ内の一部の記憶領域に記憶することは行っていないことは既に、取消事由2について述べたとおりである。したがって、審決は引用発明2についての誤った理解に基づいて上記の容易想到の判断を導いたものであるから、その判断が誤っていることは明らかである。

また、審決は、「メモリから読み出されるべき波形データの記憶領域を指定するには、全体の波形データのスタート位置と終了位置に加えて繰り返し読み出されるべき「一部の波形」のスタート位置が(或いは、これら3位置と等価な量が)必要である」と判断しているが、引用例1にも、また、同2にも上記のようなことは全く開示されておらず、根拠に欠けるものである。したがって、相違点3についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

本願発明の特許請求の範囲に記載の「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなり」との部分の技術的意義は、以下のとおり、上記の記載自体から一義的に明確である。すなわち、上記の記載のうち、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」との部分は、波形データが表す内容を、「それぞれ」の部分は、波形データの個別性、換言すると、波形データを複数用意することを、「音域に応じて」との部分は、用意すべき各波形データを共通使用する楽音の範囲、換言すると、「音域に対応して」ないし音域毎に」を、「異なる記憶容量で」との部分は、用意すべき各波形データ間のデータサイズの異同をそして、「各音域に対応する記憶領域に」の部分は、用意すべき各波形データの波形メモリ記憶場所を、それぞれ意味するものであることは、上記各記載自体から一義的に明確である。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲の記載を見ても、波形メモリの各音域に対応する記憶領域の記憶容量が各音域毎のどのような物理的事情に応じて「どのように」異なるかという態様を規定した記載を見いだすことはできない。すなわち、本願発明の特許請求の範囲においては、波形メモリの各音域に対応する記憶領域の記憶容量が各音域毎に異なることは規定しているが、上記記憶容量が各音域毎にどのように異なるかという態様については規定していないのであり、このことは、上記の特許請求の範囲の記載自体から一義的に明確というべきである。

さらにこの点を本願明細書の発明の詳細な説明の欄を参酌してみても、何ら変わるところはない。まず、従来技術の項には「音の立上り部分はそっくり記憶しておくが、持続部は一定量だけ記憶し・・・場合、各音高(音域)に対応するメモリの記憶長を均一にしたとすると、・・・音の立ち上がり時間は低音になるほど長くなるので、記憶長が最低音によって決定され、それよりも立ち上がり時間が短い高音側では各々の記憶領域の一部に空白が生じ、無駄となる。」(本願発明の特許出願公告公報2欄12行ないし24行)との音域毎の記憶容量についての一般的傾向の記載があり、本願発明については、「実施例」の項において、第2図aに波形メモリ12における各記憶領域の区分の一例を示し、「例えば、アドレス0から43999までの44キロワード分の領域には鍵C2、C#2、D2から成る最低音域の連続波形が記憶され・・・アドレス44000から81999までの38キロワード分の領域には鍵D#2、E2、F2から成る音域の連続波形が記憶される。」(前同公報4欄11行ないし16行)とあるだけである。なお、「発明の効果」の項には、「各音域毎の波形データ記憶領域がどのように設定されていても・・・、各音域毎に記憶する波形データの記憶容量を必要に応じて(例えば各音色毎に固有の波形表現ができるよう任意の記憶容量で)自由に設定することができる・・・各音色毎に最適の記憶容量で・・・波形データをそれぞれ記憶するようにすることができる」(平成3年4月26日付け手続補正書4頁5行ないし5頁4行)とあるが、記憶容量が各音域毎に「どのように」異なるかという態様については言及がない。

以上のように、発明の詳細な説明の欄にも、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」の「複数周期数」が「音域毎に不均一/任意な」ものであって、同「波形データ」が「高品質」であることを決定づける根拠は存在しない。したがって、「波形メモリ」において、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に夫々記憶してなる」という本願発明の構成が、波形メモリには、「各音域毎に不均一/任意な複数周期数」からなる「高品質」な楽音波形データが記憶されることを意味したり、各音域毎の記憶状態が「全く任意」となるとは、到底、いうことができない。

次に、引用発明1についてみると、引用例1には、「波形記憶手段(15~17)」について、「各音域毎の波形メモリ15、16、17に記憶する1周期波形を、標本化定理を満足させるように、オクターブ単位の周波数比に丁度反比例してN、N/2、N/4のように所定の記憶容量で記憶している」旨記載されており、各「記憶容量」につき各音域(オクターブ単位)毎に「異なる」か否かをみると、各記憶容量は明らかに異なるものである。それ故、上記記憶態様を本願発明と同様の観点からみると、「各音域の波形メモリ15、16、17」は、「各音域に対応する記憶領域」として機能しており、各メモリにそれぞれ記憶される「1周期波形」は「楽音の波形を表す波形データ」ということができ、各「1周期波形」を各メモリに「標本化定理を満足させるように、オクターブ単位の周波数比に丁度反比例してN、N/2、N/4のように所定の記憶容量で記憶している」ということは、各「1周期波形」のデータ量に対応する異なる記憶容量でそれぞれ記憶させていることにほかならない。なお、周期性波形データのサンプリングに当たり、標本化定理を満足しなければならないことは当然の事項であって、本願発明においても、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の波形を表わす波形データ」は、当然、標本化定理を満足させるように楽音波形データを記憶しておくことは、楽音波形発生装置として機能するために共通する大前提であり、発明の対比以前の問題である。

結局、本願発明と引用発明1は、記憶される波形データ及び音域毎の記憶容量について対比すると、審決が指摘するとおり「楽音の波形を表す波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなる」点で一致し、各「波形データ」が相違するものであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。

次に、引用例1には、「波形記憶手段(15~17)」が、「標本化定理を考慮して、オクターブ毎に、そのオクターブに対応する所定のサンプル数(N、N/2、N/4)からなる互いに異なる1周期波形を、それらの各サンプル数に対応するメモリサイズからなる複数の異なる波形メモリに記憶している」旨記載されており、「オクターブ」が音域を示し、「1周期波形」が波形データであることを考慮し、「1周期波形」のサンプル数が異なるか否かに注目すると、直ちに、「音域毎に異なる波形データをそれぞれ異なるサンプル数で表現した波形データ」であることが導出される。また、引用例1に記載された「波形メモリ(15・16・17)」は、それぞれ全記憶領域が各オクターブ音域に対応した記憶領域として設定され、そこに波形データを記憶しており、しかも、全体として楽音発生のための波形データを記憶する波形記憶手段としての機能を有するから、波形データの記憶態様について「各音域毎に対応する記憶領域(波形メモリ15、16、17の全記憶領域)に記憶してなり」と表現するとともに、波形メモリ群を一まとめにして「これらの各音域毎に対応する記憶領域が複数のメモリ(15、16、17)にそれぞれ設定されている波形記憶手段(15~17)」と表現することができる。そして、引用例1に記載の「波形メモリ選択回路14」は、発生すべき楽音の音域を示すオクターブ情報OC1、OC2、OC3に応じて波形メモリ15、16、17のうちのいずれか1つを選択しており、また、上述したように、波形メモリ群(15~17)が波形記憶手段として機能し、各波形メモリ15、16、17が音域毎の波形データの記憶領域として機能しているから、「前記波形記憶手段から読み出すべき波形データの記憶領域を指定する手段」と表現し得ることは明らかである。さらに、引用例1記載の「読み出し制御手段」(11~13)は、波形メモリ選択回路14によって別々の波形メモリ15、16、17のうちの1つを選択し、選択された波形メモリに全アドレスに記憶された1周期波形データを機械的に(アドレス間のみから読み出す工夫をすることなく)繰り返し読み出す制御を行うから、この「繰り返し読み出す制御」を、波形メモリのうちの1つを選択することにより記憶領域を指定し、「この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データ」を対象としていることは明らかである。

したがって、審決に引用例1記載の技術的事項についての誤認はないから、これに起因する一致点の誤認もない。

2  取消事由2について

相違点1は、波形記憶手段に用意される波形データをどのような内容としこれに応じて波形データをどのように読み出すのかという、用意されるメモリ容量と発生される楽音の品質を決定する波形データの内容と読み出し方についての相違であり、波形データ記憶に当たって記憶領域を具体的にどのように設定するかという相違点2における本願発明の構成である「各音域に対応する記憶領域が同一メモリ内にて順次設定されている」こととは直接的な関連がないから、これとの関連において判断されるべきであるとする原告主張は誤りである。また、原告は、審決に相違点看過があることを前提に、この看過された相違点との関係において相違点1についての判断がされるべきであると主張するが、審決に相違点の看過はないから、この主張も誤りである。

そして、引用例2には「自然楽器から発生される楽音はその波形形状が常に一定ではなく、発音から消音に至るまで時間的に変化する。特に、音の立上り(出始め)において、その変化は著しい」(2頁右上欄14行ないし17行)と記載されていることに鑑みて、審決が指摘したように、「楽音模倣効果」を上げるものであるから、音域毎に波形データを用意して自然楽器に近い楽音を発生させる引用発明1に対して、発生すべき楽音をより自然楽器音に近づけるために各音域毎に用意される波形データとして引用発明2のような時間的に変化する複数周期含有波形を採用しようとすることは誰しも考えつくことである。

なお、原告は、引用発明2の技術的事項に関する審決の認定を誤りであると主張するが、以下のとおり、理由がない。

すなわち、引用発明2の「連続楽音波形メモリ20」は、楽音波形データを記憶しているから、当然、該データの記憶領域は、少なくとも同メモリ(20)内に設定され、別のメモリに跨がることがないことは明らかである。また、同発明の「最終波形ホールド回路34」は、波形読み出しアドレス信号A16・・A13、A12、A11・・・A5のうち周期を示す信号A16・・A13A12が最終周期を示す値“1・・11”になったとき、この値をホールドし、アドレス発生回路19から出力される信号A16・・A13A12に無関係に最終周期波形の読み出しを行うから、「連続楽音波形メモリ20」に対しては、上記値“1・・11”により支配されるアドレスA16・・・A13、A12、A11・・・A5=“1・・11、0・・・0”~“1・・11、1・・・1”で指定され一部の波形を表す波形データが記憶された記憶領域を設定しており、また、アドレス信号A16・・A13、A12が最終周期を示す値“1・・11”になったとき「アドレス発生回路19」からの出力信号A11・・A5と協働して上記設定に従ってアドレスA16・・・A13A12、A11・・・A5=“1・・11、0・・・0”~“1・・11、1・・・1”の記憶領域の波形データを繰り返し読み出す制御を行っていることは明らかである。

したがって、相違点1についての審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3について

相違点2は、データの記憶に当たってその記憶領域を具体的にどのように設定するかについての相違であって、メモリを使用する電気的諸装置に共通するごく一般的な問題であり、相違点1で指摘したような事項とは直接的な関連を有しない事項である。そして、楽音発生装置においても同種データの記憶領域を同一メモリ内にて順次設定することがよく知られていたことは審決が挙げた参考文献から明らかであるから、上記相違点についての審決の判断に誤りはない。

3  取消事由4について

相違点3は、データの読み出しに当たってデータ記憶領域に対して具体的にどのような指定をするかについての相違であって、1つのメモリからデータを読み出しする場合の記憶領域指定のための記憶手段の使用は、メモリを用いた電気的諸装置に採用されるごく一般的な技術であり、審決の挙げた参考文献にも例示したように、楽音発生装置においても例外ではない。したがって、審決に説示したとおりであり、上記相違点についての審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の各事実及び本願発明と引用発明1との間に相違点1ないし3が存在することは当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証(本願発明の出願公告公報)及び同第3号証(平成3年4月26日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。

本願発明は、メモリに記憶した連続する複数周期波形の読出しを行うようにした電子楽器等で用いる楽音波形発生装置に関するものである(前同公報1欄17行ないし20行)。発音開始から消音までの連続する複数周期波形をメモリに予め記憶し、これを読み出して楽音波形信号を発生する方式を音階音に適用した場合、音域毎に異なる連続複数周期波形を準備しなければならないことから、メモリの記憶容量が膨大化するという問題点があったが、これに対しては、音の立上り部分はそっくり記憶しておくが、持続部は一定量だけ記憶しておき、記憶した持続部波形を繰り返し読み出すことにより全体の持続部波形を発生するとの解決策が採られている。しかし、この場合においても、各音域に対応するメモリの記憶長を均一にしたとすると、メモリの記憶領域の一部に空白が生じて無駄となる(2欄1行ないし24行)。そこで、本願発明は、上記のような楽音波形発生装置において、メモリの記憶領域の有効な利用を課題として(2欄26行ないし末行)、要旨記載の構成を採択したものであり、これにより、波形メモリを無駄なく有効に利用して、音楽的に優れた楽音波形を発生することができ(12欄22行ないし29行)、また、立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、一部の波形の先頭位置を示すデータ及び該一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれの各音域に対応して記憶し、これらのデータによって波形メモリから読み出すべき波形データの記憶領域を指定するようにしたので、各音域毎に記憶する波形データの記憶容量を必要に応じて自由に設定することが可能になるとともに音域設定の仕方も自由に行うことが可能になるなどの作用効果を奏するものである(前記手続補正書3頁末行ないし5頁末行)。

3  取消事由について

(1)  取消事由1

前掲甲第3号証によれば、本願明細書の特許請求の範囲には、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データを、それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなり、これらの各音域に対応する記憶領域が同一メモリ内にて順次連続的に設定されている波形メモリと、

前記立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、前記一部の波形の先頭位置を示すデータ及び前記一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれ各音域に対応して記憶した記憶手段を有し、発生すべき楽音の音域を示す情報に従って該記憶手段の記憶データを読み出し、読み出したデータによって前記波形メモリから読み出すべき波形データの記憶領域を指定する指定手段と、

この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データのうち上記立上り部の全波形に関する波形データを一回読み出した後、上記一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す制御を行うものであり、その読み出し速度を上記発生すべき楽音の音高の上記音域内の相対的音高に応じて可変する読み出し制御手段と

を具える楽音波形発生装置」との記載があることが認められる。

そこで、上記記載の技術的意義について、以下、検討すると、本願発明が楽音波形を波形メモリに記憶してなる楽音波形発生装置に係るものであることは前記の「楽音波形発生装置」との記載から明確である。そして、上記記載中の「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形及び該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」との部分は、本願発明の波形メモリに記憶する対象の波形データについて規定したものであるところ、弁論の全趣旨によれば、楽音の波形は発音当初においては複雑な周期波形となるが次第に同一周期波形を持続しながら消音するとの技術的事項は本出願前周知であったことが認められ、この本出願前周知の技術的事項に照らせば、上記の記載において、「楽音の立上り部」と「該立上り部以降」を対比し、前者については「複数周期からなる全波形」、後者については「一部の波形」としている技術的意義は、楽音の立上り部についてはその持続時間の全体にわたる複数周期を記録するのに対し、これに続く持続部についてはその一部の周期をそれぞれ波形データとして波形メモリに記録することを明らかにしたものであるということができる。次に、上記記載中の「それぞれ音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に記憶してなり」との部分についてみると、本願発明の楽音発生装置において必要とする音域(その音域については、後述するように、前記の特許請求の範囲の記載上は格別の規定はない。)を複数に区分し、この区分された音域に対応して前記の波形データを異なる記憶容量で当該音域に対応する記憶領域に記憶することを規定したものであることは上記の文言上明らかなところであり、上記の規定の結果、前記の波形データは、区分された音域毎に同一の波形データ(換言すると、区分された音域の数に対応した各波形データ)が共通に使用されるものであることは明らかである。また、上記記載中の「これらの各音域に対応する記憶領域が同一メモリ内にて順次連続的に設定されている波形メモリと」との記載部分についてみると、この部分は波形データの記憶の仕方を規定したもので、前記の音域の数に対応して異なる記憶容量で各音域に対応した記憶領域に記憶された波形データを同一メモリ内に順次連続的に記録することを規定したものであることはその文言から明らかというべきである。さらに、前記記載中の「前記立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ、前記一部の波形の先頭位置を示すデータ及び前記一部の波形の終了位置を示すデータをそれぞれ各音域に対応して記憶した記憶手段を有し」との記載部分についてみると、前記のとおり音域の数に対応して記憶された波形データのそれぞれについて、「立上り部の全波形のスタート位置を示すデータ」、「一部の波形の先頭位置を示すデータ」及び「一部の波形の終了位置を示すデータ」(以下、これらを一括して「波形位置指定データ」という。)を各音域毎に記憶した記憶手段を有することを規定したものであることはその文言上明らかなところである。そして、上記記載中の「発生すべき楽音の音域を示す情報に従って該記憶手段の記憶データを読み出し、読み出したデータによって前記波形メモリから読み出すべき波形データの記憶領域を指定する指定手段と」との記載部分についてみると、音域を示す情報に従って、当該音域に対応して記憶された波形データの波形位置指定データを読み出し、読み出すべき波形データの記憶領域を指定するものであることはその文言上から明らかである。さらに、上記記載中の「この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データのうち上記立上り部の全波形に関する波形データを一回読み出した後、上記一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す制御を行うものであり、その読み出す速度を上記発生すべき楽音の音高の上記音域内の相対的音高に応じて可変する読み出し制御手段」との記載部分についてみると、この部分は波形データの読出制御の方法に関するものであって、指定された音域の波形データについて、まず、立上り部の全波形に関する波形データを1回読み出した後、一部の波形に関する波形データを繰り返して読み出す制御を行い、その読出速度を可変とすることができるものであることはその文言上明らかなところである。

以上によれば、本願発明は、複数の音域に対応して、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形」及び「該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」を同一メモリ内のそれぞれ所定位置に記憶するとともにこれら波形データについて波形位置指定データを具備し、音域の指定に従い、まず、「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形」を1回読み出し、続いて「該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」を繰り返し読み出すことを主要な構成とするものであることは上記の特許請求の範囲の記載に照らして一義的に明確であるというべきである。

ところで、原告は、本願発明の波形データは、「音域毎に不均一、任意、かつ、高品質な波形データ」であることは前記の特許請求の範囲の記載から明らかであると主張するので、この点を検討する。

本願発明の波形データが音域毎に異なるものであることは前述したとおりであるから、これが不均一であることは明らかであるが、本願発明において、上記の音域をいかなる基準で設定するかについては何ら規定していないことは、前記認定の特許請求の範囲の記載に照らして明らかなところである。そして、音域に対応して波形データを設ける本願発明においては、音域は一つの波形データを共通して使用する範囲を示すものであるから、発生する楽音の品質と密接な関係を有するものであって、音域を広く採れば、用意する波形データの種類は少なくて済むかわりに発生する楽音の品質は低下するのに対し、音域を狭く採ることにより、必要とする波形データの種類は多くなるかわりに発生する楽音の品質が向上することは疑問の余地がないところである。しかるに、本願発明の特許請求の範囲の前記の記載においては、本願発明における音域区分の基準を何ら示していないのであるから、本願発明においては、音域をどの範囲のものとして設定するかは、必要に応じて、適宜決することが予定されているものと解する他ないというべきである。

そこで、念のため、この音域設定の点を本願明細書の発明の詳細な説明の欄を参酌してみると、前掲甲第2号証及び同第3号証によれば、本願明細書には、実施例に関して、「波形メモリ12では、連続する複数周期波形を3鍵毎の各音域に応じて異なる記憶容量で各音域に対応する記憶領域に夫々記憶している。1音域に属する3鍵は夫々半音間隔の鍵(例えばC2、C#2、D2)であり、鍵盤10における鍵域がC2~C7(5オクターブプラス1鍵)であるとすると、記憶領域数(3鍵毎の音域数)は21である。」(前記公報3欄30行ないし37行)、「第2図aには波形メモリ12における各記憶領域の区分の一例が示されている。例えば、アドレス0から43999までの44キロワード分の領域には鍵C2、C#2、D2から成る最低音域の連続波形が記憶される。また、アドレス44000から81999までの38キロワード分の領域には鍵D#2、E2、F2から成る音域の連続波形が記憶される。夫々の記憶領域に対応して、個有のスタートァドレス、メモリサイズ、繰返しアドレスが有ることは第2図bを参照して前述した通りであり、また、各記憶領域には夫々個有の連続波形が記憶されている。」(前記公報4欄10行ないし21行)との各記載が認められ、これらの記載によれば、上記の実施例における音域区分としては半音間隔の3鍵のものが示されているが、これに何ら限定されるものでないことは実施例であることの性質に照らして明らかであるし、前掲各甲号証によって本願明細書を精査しても、これに限定されることを窺うに足りる記載を見いだすことができない。

してみれば、本願発明は、発生する楽音の品質に密接な関係を有する音域区分の基準を何ら限定していない以上、波形データが音域に応じて不均一であるとはいえても、直ちに、高品質であると認定することはできないといわなければならない。

また、原告は、本願発明の波形データについて、任意である点において引用発明1と異なると主張するところ、原告主張の波形データの任意とは、波形データをメモリヘ記憶するに当たり、全波形のスタート位置を示すデータ、一部の波形の先頭位置を示すデータ及び一部波形の終了位置を示すデータの3種類の記憶位置指定データを具備することにより、各音域毎の波形データが任意に設定されていてもこれを適切に読み出すことが可能となることを意味するものであることはその主張の趣旨に照らして明らかであって、この主張は、波形データの内容それ自体の問題ではなく、波形データのメモリへの記憶の仕方とこれに基づく波形データの読出し問題であるところ、審決は、上記波形データの記憶位置の指定に関する構成については、相違点3として摘出していることは当事者間に争いのない前記の審決の理由の要点のとおりであるから、この点を引用発明1との一致点としたものでないことは明らかである。したがって、原告の上記主張は審決を正解しないもので、その前提を誤るものといわざるを得ないから、理由がないというべきである。

そこで、次に、引用発明1について検討する。

成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1には、楽音発生装置に関して、まず、従来装置の問題点として、「(1) 1つの波形メモリ4から押下鍵に対応する楽音波形MWを読み出すため、波形メモリ4に記憶する波形形状を一度定めてしまうと発生楽音の音色はどの音高でもほぼ同一のものになり、自然楽器の様に各音高毎に音色が変化しない。」(2頁右下欄17行ないし3頁左上欄1行)、「(2) 波形メモリ4をアドレス信号qF(q=1、2・・・)で読み出す場合、そのサンプリング周波数fφ(アドレス信号qFの変化周波数を意味し、クロックパルスφの周波数に等しい。)は波形メモリ4から発生される全ての楽音波形MWに対して標本化定理(サンプリング定理)を満足しなければならない。即ち、波形メモリ4から発生される楽音波形MWに含まれる全ての高調波成分のうち最も周波数の高い成分の周波数fhがサンプリング周波数fφの1/2の周波数1/2fφ以下の値でなければならない。従つて波形メモリ4に記憶する楽音波形(音源波形)の高調波含有率が最音高の楽音波形MWに含まれる高調波数(最音高の発生楽音に含まれる倍音数に相当する)によつて制限される。その結果、押下鍵の音高に対応して波形メモリ4から読み出される楽音波形MWに含まれる高調波数が最音高の楽音波形MWに含まれる高調波数に制限され、これによつて低音部の楽音波形MWにおいて高調波数が不足し豊かな音色の楽音が得られなかつた。もし上記標本化定理が満足されない場合、即ち楽音波形MWに含まれる高調波周波数fhがサンプリング周波数fφの1/2の周波数1/2fφを越える場合には、発生される楽音波形MW中に周波数(fh-1/2fφ)の折り返し成分が生じる。この折り返し成分の周波数(折り返し周波数)は発生楽音の基本周波数と倍音関係にないため、この折り返し周波数が生じると発生楽音にノイズが含まれることになりきたない音になる。」(同欄2行ないし同頁右上欄11行)等の諸課題の存在を指摘した上で、上記のような課題を解決するべく、「第1の発明によれば、複数の異なるメモリサイズの波形メモリ群に互いに異なる波形が記憶されており、押下鍵の属する音域に従つて上記波形メモリ群から少くとも1つの波形メモリを選択して読み出し可能にする。更に、読み出し可能にされた波形メモリから楽音波形を読み出すため、上記音域内の音名に従つてアドレス信号を発生するアドレスジエネレータが設けられている。」(同頁左下欄17行ないし右下欄5行)との発明が、また、実施例に関して、「第3図において波形メモリ選択回路14の出力端子B1は第1の波形メモリ15の制御端子C1に接続され、出力端子B2は第2の波形メモリ16の制御端子C1に接続され、出力端子B3は第3の波形メモリ17の制御端子C1に接続されている。ここで各波形メモリ15、16、17はそれぞれ制御端子C1に論理値“1”が入力されると読み出し可能となる様に構成されている。また、波形メモリ15は64のアドレスを有し、波形メモリ16は32のアドレスを有し、波形メモリ17は16のアドレスを有している。即ち、波形メモリ16のメモリサイズは波形メモリ15の1/2であり、波形メモリ17のメモリサイズは波形メモリ16の1/2になつている。更に波形メモリ選択回路14は鍵盤回路1から出力されるオクターブ情報OCi(i=1、2、3)を受けて、3つの波形メモリ15~17のうちのいずれか1つを選択して読み出し可能にする機能を有している。即ち、この実施例では、鍵盤回路11から押下鍵が第1オクターブに属していることを示すオクターブ情報OC1が出力されると波形メモリ15を読み出し可能にするべく出力端子B1から論理値“1”を出力し、同様に押下鍵が第2オクターブに属していることを示すオクターブ情報OC2が出力されると出力端子B2から論理値“1”を出力し、押下鍵が第3オクターブに属していることを示すオクターブ情報OC3が出力された場合には端子B3から論理値“1”を出力する様に構成されている。尚、波形メモリ15には、波形メモリ15から読み出される楽音波形MW1が第1オクターブに属する各楽音に対して標本化定理を満足する様に、適宜の高調波成分を含む波形が記憶されている。同様に、波形メモリ16には、波形メモリ16から読み出される楽音波形MW2が第2オクターブに属する各楽音に対して標本化定理を満足する様に、適宜の高調波成分を含む波形が記憶されている。同様に、波形メモリ17には、波形メモリ17から読み出される楽音波形MW3が第3オクターブに属する各楽音に対して標本化定理を満足する様に、適宜の高調波成分を含む波形が記憶されている。」(5頁左下欄5行ないし6頁左上欄6行)、「この発明の実施例によればオクターブ毎に異なる波形を記憶した波形メモリを設けたため、音高によつて音色を確実に変化させることができる。また、各オクターブ毎に波形メモリを設け、各オクターブ毎に標本化定理を満足させながら楽音波形を出力する様に構成したため、各オクターブ毎に好適な楽音を発生できる。・・・この電子楽器では各オクターブ毎に波形メモリを設ける必要があるが、各波形メモリのメモリサイズは音域が1オクターブ高くなる毎に半分の大きさになるため最低オクターブのメモリサイズをNとしても、N+1/2N+1/4N・・・<2Nであり、従来の電子楽器と比較して高々2倍のメモリが必要となるにすぎない。」(7頁左下欄12行ないし右下欄19行)との各記載が認められる。

以上の各記載によれば、引用発明1は、第1ないし第3オクターブ毎、すなわち、音域毎に、異なる1周期波形、すなわち波形データを、異なる波形メモリ15、16、17に、異なる記憶容量(64のアドレス、32のアドレス、16のアドレス)で記憶し、これを発生すべき楽音の属するオクターブ、すなわち音域を示す情報(オクターブ情報OCi)に従って波形メモリ選択回路14によって前記波形データの記憶領域を指定し、この指定に従い、指定された記憶領域に記憶されている波形データを繰り返し読み出す制御を行っていることは明らかというべきである。

これに対し、原告は、引用発明1の各音域に対応する波形メモリ15、16、17のメモリサイズが異なっている理由は、標本化定理を満足させるとの要求に起因するにすぎないし、「各オクターブ音域毎に別々の波形メモリ」を使用することが示されているだけであるから、審決認定のように「音域毎に異なる波形をそれぞれ異なるサンプル数で表現した波形データを記憶手段に用意して」及び「各音域に対応する記憶領域がそれぞれ設定されている波形記憶手段」と認定することは誤りであると主張する。

確かに、引用発明1の各波形メモリのメモリサイズが異なる理由の一つが標本化定理の充足によるものであることは前記認定の記載に照らして明らかなところであるが、それのみに止まらず引用発明1はその従来例が1つの波形データのみを記憶したことから自然な楽音発生が得られなかった点の改善を課題とし、これを解決するべく異なる波形データを記憶するようにしたものであることも前記認定の記載から明らかであるから、上記非難は必ずしも正当とはいえず、したがって、原告の上記主張は採用できない。また、原告は、引用発明1には「各音域毎に任意に波形データの記憶サンプル数を設定して、各音域毎に不均一、かつ、任意の周期数からなる高品質の波形を記憶する」という本願発明の技術的思想はないと主張する。しかし、前述したように、本願発明の波形データの記憶が「任意、かつ、高品質」であるとする原告主張が採用できないことは既に説示したとおりであるから、上記主張は前提を誤るものであって採用できないし、前記のとおり、引用発明1も音域毎に異なる波形データを記憶することによって、より自然音に近い楽音の発生を指向する点において、本願発明の課題と近似するものがあることは明らかなところである。

さらに原告は、引用発明1では、発生すべき楽音の音域を示すオクターブ情報OC1、OC2、OC3に応じて、波形メモリ選択回路14が出力端子B1ないしB3の1つに論理値1を生じ、これによって別々の波形メモリ15、16、17の内の1つを選択することが示されているだけであるから、これを敢えて「前記波形記憶手段から読み出すべき波形データの記憶領域を指定する手段」と読み替えねばならない必然性はないし、また、波形メモリ選択回路14によって別々の波形メモリ15、16、17のうちの1つを選択し、選択された波形メモリに全アドレスに記憶された1周期波形データを機械的に(特定のアドレス間のみから読み出す工夫をすることなく)繰り返し読み出す制御を行うことが示されているのであり、1つのメモリの中の特定の記憶領域を指定して読み出すことは行っていないから、審決の引用発明1に関する認定は誤りであると主張する。

そこで、まず前者の主張についてみると、既に認定したように、オクターブ(音域)に応じて異なる波形データを記憶する波形メモリ15、16、17を波形メモリ選択回路14がオクターブ情報に従って指定することは明らかであるから上記非難は当たらないというべきであるし、後者についてみると、1つのメモリの中の特定の記憶領域を指定して読み出す点については審決が相違点3として摘出しているところであるから、この点の非難も当たらないというべきである。

以上の次第であるから、審決に原告主張の一致点の誤認ないし相違点4の看過はないから、相違点4の看過があることを前提とする取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2

まず、原告は、相違点1は本願発明の特徴との関連で判断すべきものであるとし、そもそも引用例2には、「複数の各音域」に対応して「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形と該立上り部以降の一部の波形」を記憶することについての技術的な開示はないし、引用例1及び同2にはメモリの効率的な利用についても全く開示されていないから、相違点1についての審決の判断は、既に指摘した本願発明と引用発明1の重大な相違点を看過し、また、他の相違点との関係を無視してなされたものであるから、誤っていると主張する。

そこで、検討すると、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例2には、「この発明は、音の出始めからかなり多数の周期にわたつて連続する楽音波形信号を予じめ記憶した電子楽器に関する。楽音波形メモリを具えた従来の電子楽器は、通常、楽音波形の繰返しの最小単位(例えば1周期)を予じめ記憶しておき、これを繰返し読み出すことにより連続した楽音波形信号を得ている。従つて、得られる楽音波形の形状は音の出始めから消滅に至るまで同一であり、そのままでは面白味に欠けていた。自然楽器から発生される楽音はその波形形状が常に一定ではなく、発音から消音に至るまで時間的に変化する。特に、音の立上り(出始め)において、その変化は著しい。従来の電子楽器においては、そのような自然楽器音の音色を模倣するために、音色フイルタの特性を時間的に変化させる、あるいは楽音を構成する各高調波成分毎に独立にその振幅エンベロープを制御する、などの方策が講じられているが、音色(すなわち楽音波形形状)の時間的変化の態様が単調で複雑さに欠けていたり、制御が複雑で面倒である、というような欠点があつた。この発明は上述の点に鑑みてなされたもので、音の出始めからかなり多数の周期にわたつて連続する楽音波形を予じめメモリに記憶し、記憶した楽音波形を時間経過に伴つて順次読み出すようにした電子楽器を提供しようとするものである。多数周期にわたつて連続する楽音波形を記憶するので、波形形状が時間的に複雑に変化する楽音を確実に模倣することができる。」(2頁右上欄5行ないし左下欄14行)との記載を認めることができる。

以上の記載に照らすと、確かに、引用発明2においては、「複数の各音域」毎に異なる波形データを記憶するものでないことは原告主張のとおりである。しかし、既に前項において説示したように、本願発明の「複数の各音域」毎に異なる波形データを記憶するとの構成については引用発明1との一致点として審決は摘示しているところであるから、この点の構成が引用例2に開示されていないとしても審決は上記の一致点の構成を引用例2から抽出していないのであるから何ら問題とすべきことではないし、また、引用例2の前記認定の記載事項に照らすと、自然楽器により近い楽音を得るとの課題に立ったとき、引用発明1の1周期波形データに代えて引用例2に開示された「多数周期にわたつて連続する楽音波形」を採用することは極めて容易であって、本件全証拠を検討しても、引用例2に「複数の各音域」毎に異なる波形データを記憶するとの構成が開示されていないことが、上記の波形データを採用することの技術的障害となる理由を見いだすことはできない。

また、原告は、引用例1及び同2にはメモリの効率的な利用についての開示がないとして、これらとの関連を考慮することなく、相違点1についての判断をすることはできないと主張するが、楽音発生装置において、いかなる波形データを採用し、その読み出し制御をどのように行うかという問題とメモリをいかに効率的に利用するかという問題は技術的次元を全く異にする何ら技術的関連性を有しない問題であるし、審決は、メモリの効率的利用等の問題は相違点2、3として取り上げているところであって、相違点1の判断とは何ら技術的関連性を持たないものであるから、原告の上記主張も採用できない。

また、原告は、引用発明2は、単に「1つの連続楽音波形メモリ20内に音の出始めからかなり多数の周期にわたる楽音波形を記憶しているだけ」であるから、審決認定のように「この楽音波形を波形メモリ20の特定の記憶領域に記憶したり、この記憶領域を同一メモリ内に設定する」ことは行っていないと主張する。

そこでこの点を検討するに、前掲甲第5号証によれば、引用例2には、「連続楽音波形メモリ20に記憶されている連続楽音波形のうち最終の(32番目の)1周期波形の各サンプル点振幅電圧が読み出されている間、アドレス信号A12~A16の値は最終波形を表わす値“11111”となつている。アドレス信号A12~A16を入力した5入力型アンド回路45は、上記最終波形を表わす値“11111”のとき、信号“1”を出力し、R-Sフリツプフロツプ46をセツトする。このフリツプフロツプ46のセツト出力Qは5個のオア回路44のすべてに入力される。従つて、最終波形の1周期の読み出しが完了してアドレス信号A12~A16の値がオール“0”となつても、フリツプフロツプ46で保持されているセツト出力Qによつてオア回路44から最終波形を指定するオール“1”のアドレス信号が出され続ける。従つて、最終波形に至つてなおも鍵が押され続けている場合は、最終波形1周期の各サンプル点振幅電圧がアドレス信号A5~A11に応じて繰返し読み出され、最終波形を繰り返して発生する。そして、鍵が離されると、前述のように開閉回路38で減衰エンベローブが付与されて消音される。」(7頁左上欄8行ないし右上欄9行)との記載が認められ、この記載によれば、引用発明2においては、連続楽音波形メモリ20内に連続楽音波形が最終の(32番目の)1周期波形と区別可能に記憶されていることは明らかであるから、審決の前記認定を誤りとすることはできないというべきである。

さらに、原告は、引用発明2の「最終波形ホールド回路34」を、敢えて「記憶領域の設定を行い、この設定に従って一部の波形に関する波形データを繰り返し読み出す制御」をすると認定することは誤りであると主張する。

しかし、前記認定の記載からも明らかなように、引用発明2の「最終波形ホールド回路34」が最終波形1周期を繰り返し読み出すことは明らかであるから、この点に関する原告主張も理由がない。

そうすると、以上の説示によれば、引用例2記載の技術的事項についての審決の認定及び相違点1についての審決の判断に原告主張の誤りはないから、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3

引用例3に審決摘示の技術的事項の記載があることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第7号証(昭和54年特許出願公開第161313号公報)には、楽器音を記憶装置に記憶して成る電子楽器に関する発明について、記憶装置を複数のランダムアクセスメモリで構成する場合(3頁左下欄10、11行)において、8個のランダムアクセスメモリを用いた実施例に関し、「また、RAM1~RAM8としては1Mビツト程度のものを使用すれば、例えば周波数64Hzの楽音は1波長256サンプル点で5秒以上記憶することができる。従つて、通常のギターやベース等の減衰音は十分に記憶することができ何等問題はない。」(16頁右下欄5行ないし10行)、「尚、第2図に示した実施例において記憶装置4の各RAM1~RAM8としては比較的大容量のものが要求される。第17図は、RAM1~RAM8としてこの様な大容量のRAMを用いずに容量が1Kビツト程度のRAMを多数設けて各RAM1~RAM8を構成したプロツク図である。このRAM1(RAM2~RAM8)は128個の1Kビツト程度のRAMram1~ram128を用いている。」(19頁右下欄14行ないし20頁左上欄2行)との各記載があることが認められ、以上によれば、上記発明においては、ランダムアクセスメモリの容量とその個数については必要とする記憶容量を考慮しながら両者の関係を適宜決定しているものと認めることができる。また、成立に争いのない甲第8号証(昭和52年特許出願公開第45322号公報)には、電子楽器の鍵信号選択装置に関する発明に関し、「即ち第7図は前述した第3図示の波形発生回路71Bの他の実施例回路図を示したもので、リード・オンリー・メモリーMには2つの異る楽音波形W1及びW2をそれぞれn個のデジタルサンプルにて記憶させており、デコーダーD4によりそれぞれ読み出される。」(8頁右上欄8行ないし13行)との記載があり、この記載と上記第7図によれば、上記発明においては、異なる楽音波形を順次連続的に記憶していることは明らかである。さらに、成立に争いのない甲第9号証(昭和56年特許出願公開第117290号公報)には「電子楽器の波形発生方法およびその装置」と題する発明において、波形データの記憶方法に関し、「C、C#、D、・・・・・Bの各音名の波形ROMを構成する。nの値として第1表の値の通りとすると、C音の波形ROM6のアドレスは、0~450、C#音は451~876、D音は877~1278、・・・・・B音は3779~4017であり、全体では、0~4017の合計4018アドレスとなる。この波形ROMには正弦波の波形データがデジタル値の形で書き込まれている。0~4017までの任意のアドレス値をこの波形ROMに与えると、そこに書き込まれている正弦波の波形データがデジタル値で読み出される。」(5頁左上欄13行ないし右上欄3行)との記載が認められ、この記載によれば、連続する音名の波形データを同一メモリ内に記憶するに当り、波形データを順次連続して記憶していることは明らかである。

以上によれば、楽音波形データを記憶する際のメモリの容量、その個数、データの記憶位置等の技術的問題は、専ら、メモリの合理的、効率的な利用の可否という次元の問題であって、自然音により近い楽音の発生に関する技術とは技術的性質を異にする問題である。したがって、波形メモリを記憶して成る楽音波形装置においても、上記の問題は楽音波形の技術と直接的な関連を有するものではなく、専ら、前記のようなメモリの合理的、効率的な利用の在り方という観点から決すれば足りる問題であるところ、波形データを記憶するに当り、メモリを複数用いるか否か、また、これに応じて用いるメモリの容量をいかなる程度とするかは当業者が製作上の利便性、経済性等の諸要素を考慮しながら適宜選択決定し得る事項であることは明らかであり、また、同一メモリ内に楽音波形データを記憶するに当り、順次連続して記憶することも、前記と同様の観点から決することのできる問題であって、これらの技術的な処理方法は、前記各刊行物の刊行時期に照らすと、本出願前において当業者に周知の技術的事項であったものといって差し支えがないというべきであるから、この本出願前周知の技術的事項に基づくと、相違点2に係る本願発明の構成が容易に想到し得た設計的事項であることは明らかというべきである。

原告は、「同種データの記憶領域を同一メモリ内に設定する場合、通常、記憶領域が順次連続的に設定される」という審決が示した一般論もこれが引用発明1とどのように結び付くのか明らかでない旨主張するが、メモリの効率的利用という本願発明と同一の課題に基づいて(本願発明においてはこの課題を解決するために相違点2に係る構成を採択したことは原告の認めるところである。)上記の構成を採択することが、本出願前当業者に周知の技術的事項であったことは前述のとおりであるから、この課題解決の手段として、引用発明1において、波形記憶手段を上記構成に改変することは、審決の示すとおり、記憶すべき波形データの総量と供給し得るメモリの記憶容量等の関係から必要に応じて任意に採用し得た事項であって、その結付きは明らかである。

したがって、相違点2についての審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

(4)  取消事由4

同一メモリ内に設定された多数の記憶領域にデータが種々の記憶容量でそれぞれ記憶されている場合、このメモリから読み出すべきデータの記憶領域を指定するのに、この記憶領域の指定に必要なデータを記憶した記憶手段を利用して行うことが一般的な常套手段であり、このことは波形データを記憶する波形メモリにおいても同様であることは当事者間に争いがない。そして、メモリから読み出すべきデータの記憶領域が当該データのスタート位置と終了位置によって特定されることは上記の争いない事項から派生する当然の技術的事項であるから、これを前記認定のような1回読み出される「全波形」とその後に繰り返される「一部の波形」が連続する波形データを、同一メモリ内の一部の記憶領域に記憶する場合には、全波形のスタート位置と終了位置(この終了位置は一部波形の終了位置でもある。)のほかにさらに繰り返される一部波形のスタート位置の指定が必要であることもまた当然の帰結である。

以上のような記憶領域の指定方法からすると、これを各音域毎に「楽音の立上り部の複数周期からなる全波形」と「該立上り部以降の一部の波形を表わす波形データ」を記憶して成る記憶メモリにおいて、全波形のスタート位置、一部の波形のスタート位置及び一部波形の終了位置(すなわち、全波形の終了位置)の指定が必要であることもまた当然の帰結といわざるを得ないから、相違点3に係る本願発明の構成は容易に想到し得たというべきである。

原告は、引用発明2について、「多数の周期にわたる1つの連続楽音波形が波形メモリ20の全アドレスにフルに記憶されている」もので、同一メモリ内の一部の記憶領域に記憶することは行っていないとして、審決が、同発明を「一回読み出される『全波形』とその後繰り返し読み出される『一部の波形』が連続する波形データを、同一メモリ内の一部の記憶領域に記憶する場合」であるとした点を非難する。しかしながら、原告が指摘するような記憶領域の利用の仕方の違いがあるとしても、前記の各記憶領域の指定手段として必要とされる要素に何らの差異をもたらすものとは認め難いから、原告の主張は前記の容易想到性の判断の障害となるものではない。

また、原告は、審決が前記のとおり、メモリから読み出されるべき波形データの記憶領域を指定する上で、全体の波形データのスタート位置と終了位置及び一部の波形のスタート位置が(或いは、これら3位置と等価な量が)必要であると判断しているが、これらの点は引用例1、同2に開示されておらず、根拠に欠けると主張する。しかし、審決は、相違点3の判断において上記各引用例記載の技術的事項を援用していないことは前記の審決の理由の要点から明らかであるから、原告の上記主張は審決を正解しないものであって採用できないし、また、審決は、読み出すべきデータの記憶領域を指定するためには当該データのスタート位置と終了位置(一部波形の場合にも全く同様であるが、前記のとおり、終了位置は重複するため、結局、上記各位置のほか、一部波形のスタート位置が必要となる。)が必要であることは前記の当事者間に争いのない技術的事項から極めて容易に想到し得たいわば自明の技術的事項としているものであって、何ら根拠に欠けるものではない。

したがって、相違点3についての審決の判断に誤りはなく、取消事由4も理由がない。

(5)  以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はないというべきである。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

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